先生の御宅に向かうのは最後だと決めていた。束に成った封筒や葉書は郵便受の細長い口に収めるには些か大き過ぎ私は何時もと同じ様に中庭から書斎へと声を掛ける。先生は出版社とも呼べない程小さな組織の編者だ。先生の身形は昨日見た物と全く同じだった。
 以前先生は日に焼けて紙が黄色く変色して仕舞った薄い雑誌を一冊出して来た。題字は落書きの様で目次は傾き、内容も稚拙だと正直にそう思った。だのに先生は著者や編者の名前が並ぶ頁を慈しみの瞳で見て居た。
 「独りでは創れ無いでしょう、本と謂うのは。」
 そう云って先生は其の古びた想い出を私に差し出したのだった。新聞程度の厚みさえ有るか否か判らない薄い其れはしかし私の掌に酷く重みを残したのを覚えて居る。私の知ら無い名前の羅列の中に交る先生の名は接吻を落とすには余りに小さくまた周りの名前達が邪魔だった。当然其処に私は居なかった。

2009年学祭号の編集後記でした。
このくらいならほもでもセーフかなって。

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